他の勢力


                
          
  


ボイイ





「大地。誇り。民衆。」





背景

ケルト人の一派であるボイイ族は剽悍な戦士ですが、少なくともその起源においては牛を飼い、半遊牧民的な生活を営んでいました。部族名も「戦士」もしくは「牝牛」を意味する言葉を意味しており、ボイイという言葉は「戦士の民」あるいは「牛飼いの民」と解することができます。

彼らの正確な起源は不明ですが、ボイイは紀元前309年に生起したイタリア北部へのケルト人の侵入に参加しています。ボイイ族は南方に移動してアルプスを越え、エトルリア人と戦ってその領域を占領しました。それと同時に、アルプスの反対側では東方にも移動し、今日のドイツ東部にあたる地域に定住しました。バイエルンやボヘミアといった地名はボイイの名に由来しています。

彼らの生活様式は質素であり、社会は戦争と農業に最も力を注いでいました。部族の中で最も価値があるものは黄金と家畜です。指導者たる者の地位は戦いの才能だけでなく、所有する財産と随行する従者の数によって決められました。

歴史的には、ボイイ族は急速に拡大するローマ共和国に対抗するために、ガリア・キサルピナの他のガリア部族やエトルリア人と同盟しました。しかしローマ軍に敗れてイタリアから駆逐され、後年にはヘルウェティ族と共にガリア西部への移住を試みてカエサルによるガリア戦争の契機となりました。またアレシアの戦いにおいてはウェルキンゲトリクスに従ってローマ軍と戦っています。

東方におけるボイイ族の領域はダキア人の手に落ちましたが、ヨーロッパの中央に盤居する彼らはギリシアやイタリア、また西方のガリアや東方のダキア部族を攻撃するのに格好の位置であると言えるでしょう。

ボイイ族には移動し征服するという衝動があり、そのために敵の領域で戦う場合には軍の士気が上昇します。また彼らは農業に熟達しており、農業施設からより多くの利益を得ます。しかし彼らの独特の価値観と戦いを好む性質により、他の蛮族勢力とは共通基盤を見つけにくくなるでしょう。