金指 潔(かなざし・きよし) 東急不動産 取締役社長
朝日新聞「リーダーたちの本棚」Vol.45掲載


1945年生まれ。東京都出身。早稲田大学政治経済学部卒。68年東急不動産入社。86年東急ホーム取締役。98年東急不動産取締役。常務、専務を経て東急ホーム社長、東急アメニックス社長を歴任。2008年4月から現職。一般社団法人不動産協会副理事長、一般社団法人不動産証券化協会副会長。

新進作家による小説を通して 価値観の多様性を知る



「苦役列車」
小説
第144回(平成22年度下半期) 芥川賞受賞
最初に読んだ印象は、「若者よ、しっかりしろ!」でした。ところが再読してみると、新鮮な発見がありました。ひどく深刻に思える状況も、主人公はそれほど悲観していないのではないか。むしろ自分の劣等感を笑う余裕、あっけらかんとした明るさすらある、などと。成熟期に生きる主人公の世代は、ひたすら内面を掘り下げ、独自のものの見方を確立すればいいという意識が強い気がします。それを私の物差しで理解しようとすると出口が見えなくなってしまう。意識の変化を事実として受け止めることが肝要なのだと思います。

「共喰い」
小説
第146回(平成23年度下半期) 芥川賞受賞
異常な性癖を持つ父親にコンプレックスを抱く青年が「父の血」を自覚していく物語です。狂気じみた暴力や暗い欲望に満ちた内容は、感動、共感といった言葉では語れませんが、混沌とした現代だからこそリアルに映ります。印象的だったのは、父子を取り巻く女性たちです。たくましさ、したたかさ、内なる生命力・・・。男と女は別の生き物なんだと思わされる箇所がままあって、男性の著者がよくぞこういう描写ができたなという驚きもありました。

「冥土めぐり」
小説
第147回芥川賞受賞
女性の神髄を読ませる本だと思います。主人公の奈津子は、過去の栄光に固執する母親、浪費癖の弟に、精神的にも金銭的にも搾取され、夫は不治の病にかかり、介護が必要な体となってしまいます。しかし、不幸や理不尽に振り回される姿よりも、夫の純粋さに救いを見つけ、強く生きていく姿が心に残りました。
「苦役列車」、「共食い」ともに共通しているのは、すべての登場人物が類型化できないということです。小説を読んで「類型化できない個にいかに働きかけるか」を意識できたことは大きな収穫でした。

「経済大国インドネシア」
新書、ビジネス・経済
世界第4位の人口を誇り、生産年齢人口の比率が高まることによって経済成長が促進される効果「人口ボーナス」の期間が、中国や韓国よりも長く続くと予測されるインドネシアの潜在力を検証しています。当社は40年近くにわたってインドネシアで住宅分譲事業を展開しています。出張で赴くたびに成長のスピードに驚かされる国で、日本が戦後40年かけて経済大国となった動きが、この先10年で起こってくるのではないかと予感しています。

「凹凸を楽しむ東京「スリバチ」地形散歩」
歴史・地理
東京にはスリバチ状のくぼ地がたくさんあり、地形や自然を生かした街づくりの足跡がそこかしこに残っています。それは当社が再開発事業において留意していることでもあります。また、私は東京の上野生まれなので、高層ビルの裏で植木鉢が並んだ小さな路地を見つけると子どものころを思い出して懐かしく感じます。
本書には、当社の原点である田園都市株式会社が理想の街づくりを目指して開発に取り組んだ田園調布の今昔や、本社の所在地であり、駅を中心とした大規模な再開発を計画している渋谷の地形解説なども載っていて興味深く読みました。
最終更新:2013年04月17日 14:25