モルゴスとサウロン "Myths Transformed"より -Morgoth's Ring

 第二紀のサウロンは、第一紀末のモルゴスよりも実質的に強大であった。何故か?それはサウロンの生まれつきの才能は、メルコールのそれに比べれば遥かに小さいものではあったが、モルゴスほど弱くなり、力を落とすようなことはなかったからだ。メルコールは他者を支配しようと試みたあげく、やがては彼自身の力(存在)を浪費してしまった。しかしサウロンは、彼自身をそれ程までに費やさざるを得ないようなことはなかった。アルダの支配を得るために、モルゴスは自分の存在の多くを、世界を構成する物質的な要素に注ぎ込んだ――それゆえに、世界で産まれた、生きとし生けるもの(獣や、植物、受肉した精霊など)は皆、‘穢れ'やすくなってしまった。宝玉戦争時のモルゴスは、永久に‘受肉’してしまった。このため、彼は恐れ怖がるようになり、殆どの戦争を専らからくり機関(means of devices)や配下ども、支配した生き物達に行わせた。

 サウロンはアルダの‘堕落’を受け継いだが、彼の力(メルコールよりもずっと限られたもの)は、ただ指輪にのみ注がれた。世界の生類全てを、彼らの精神と意志を支配せんと欲して。このようなことから、サウロンはまた、メルコール―モルゴスよりも賢かった。サウロンは不協和音の歌い手としては初心者ではなかった。また彼は恐らくメルコールよりも‘音楽’について知っていたと思われる。というのもメルコールの頭の中は、常に彼の計画と考案物によって占められており、他の物に注意を払うことはほぼなかったからである。メルコールの力が絶頂にあった時は、世界の有形の始まりの頃、力への多大な創世神的(demiurgic)渇望と、彼自身の意志と企みにより巨大なスケールで事が成された時であった。そして事がより安定した後メルコールは、例えば、木よりも火山の噴火などを扱う事に興味を覚えるようになった。彼は恐らく、ヤヴァンナが創りだした目立たなくてデリケートなもの、小さな花のようなもの※に、意識を向けるといったことは全くなかっただろう。

 かように‘モルゴス’、メルコールは他のアルダに棲む意志と知性持つものたちと直面したとき、ただ彼らが存在しているという事実だけで憤怒に駆られた。モルゴスが彼らに対処するのに取った方法は、物理的暴力かもしくは恐怖のみであった。モルゴスの最終目的は彼らを根絶やしにすることであった。何故ならばモルゴスは彼ら(エルフは勿論、人間は尚更)の‘弱さ’、身体的な力に欠けることや‘物質’に関しての能力(power over 'matter')、を嫌っていると同時に、また彼らを恐れてもいたからである。少なくとも彼がまだ合理的な考えが出来る時は、彼らを‘絶滅’させるなどということは不可能だと気付いていた※※。しかし彼らの身体的な‘生命’や、受肉したことなどにより、モルゴスの心中で増々そのこと(他の絶滅)が考慮するに値するただ一つのものとなっていった+。モルゴスは自分自身をも欺くほどに嘘に巧みになっていき、彼らを殲滅してアルダから完全に取り除くことができると偽った。そのため彼らの肉体を破壊する前に、モルゴスは常に彼らの意思を挫き服従させるか、自分の意思と存在に吸収同化することに努めるようになった。これは全くの虚無主義であり、彼の最終目的を否定するものであった。もしモルゴスが勝利した暁には、彼は間違いなく自身の‘被造物’(オークのような、彼の唯一の目的―エルフと人間の絶滅―のために使われた生き物たち)にさえ、完全な破壊をもたらしただろう。メルコールの最終的な無力と絶望はここにある。ヴァラールは(それにエルフと人間も彼らなりに)、‘傷ついたアルダ(メルコールの要素が入ってしまったアルダ)’をなお愛し、その傷を癒し、また美しく愛らしいものを、アルダが非常に傷ついたままでも、作り出すことができた。ゆえに、メルコールはアルダに何もすることができなかった。アルダは彼の精神に由来するものではなく、他者の業と想像力によって織りあざなわれたものであった。独り残された彼にできることは、ただ全てが再び無定形の混沌になるまで、荒れ狂うことだけであった。さりとて、そうであっても彼は敗北しただろう、何故ならばアルダは彼の精神の支配を受けず、(将来の)可能性があり、尚‘存在’したであろうから。

 サウロンはこのような虚無主義的な狂気の段階に至るようなことは決してなかった。彼は世界の存在に反対するようなことはなかった――そこで彼の好きなことを出来る限り、ではあるが。彼は生まれた時に元々持っていた、善なる本質からくる善き目的の遺風を残していた。彼は秩序と協調を愛し、混乱と無益な諍いを嫌った。これは彼の美徳であった(またそのために彼は堕ち、堕落した)。(メルコールの意志と力が彼の計画に迅速かつ見事に影響を与えたことは明らかで、このことがサウロンをメルコールに惹きつけられた最初の者とした。)実の所、サウロンとサルマンはよく似ており、そのため彼はサルマンのことを直ぐ様理解し、またパランティーリやスパイの助けがなくとも、サルマンの考えそうなことやしでかしそうなことは予測することが出来た。ところが、ガンダルフのことは理解できず、当惑させられた。しかしこの配役に相応しく、サウロンの愛(元来の)や他の個々の知性的存在への理解は、相当するように弱くなっていった。もっともただ真の善なる、または理性ある目的であれば、全てのこの計画や秩序化・組織化は、アルダの全住民にとって良いものになっただろうが(サウロンを彼らの最高君主として認めさえすれば)。彼の‘計画’、アイディアは彼の孤立した精神から来ており、それ自体が彼の意志のただ一つの目標、目的になった。

 モルゴスには何の‘計画’もなかった。世界を破壊し、無に帰そうとするのを‘計画’と呼べるのなら話は別だが。勿論、これは状況を簡易に表したに過ぎない。サウロンは(モルゴスの?)最後の段階においても、彼の破壊の欲望や唯一神への憎悪(これにより虚無主義に至った)に染まることなく、モルゴスに仕えることはなかった。サウロンは、無論、‘本当’の無神論者になることは出来なかった。彼は世界ができる前に創られた下位の精霊達の一人であったが、彼なりの物差しでエルのことを知っていた。彼はヴァラール(メルコールを含む)が失敗したことに気付いており、エルはエアもしくは少なくともアルダを見捨てており、これ以上世界に干渉することはないだろうと思い込んでいた。彼はアマンが物質世界から切り離された時の、ヌーメノールの沈没の際の‘世界の変化’で思い知ることになった。つまり、ヴァラール(とエルフ)が実質的なコントロールから切り離されたことと、人間が唯一神の怒りと呪いを受けることとなって。サウロンはイスタリ、特にサルマンとガンダルフについて、彼らをヴァラールの送った密偵どもと見なし、彼らが敗北した帝国主義者達のように(エルの理解や認可もなく)ヴァラールが失った権力を再び打ち立て、中つ国を‘植民地化’しようと努めていると考えた。サウロンの冷笑的な癖が、マンウェの真意は自分のそれと非常によく似ていると思わせてしまい、サルマンのせいで完全にそれが間違いないと思い込んだ。しかしガンダルフのことは理解できなかった。サウロンは既に邪悪かつ迂闊になっており、そのためガンダルフの風変わりな振る舞いは単に頭が弱く、立派で堅固な目的に欠けることによるものと思っていた。彼は幾分ラダガストより賢いだけであった――より賢いというのは、動物に学ぶことよりも人間に学ぶことの方がより有益(より力の実りある)だからだ。

 サウロンは‘本物の’無神論者ではなかった。しかし彼は無神論を説いた。何故なら、そのことが彼に対する抵抗運動を弱めたからである(また創造神がアルダで行動を起こす事への恐れが止んだ)。アル=ファラゾーンのケースに見られるように。しかし、ここにサウロンに及ぼされたメルコールの影響が見て取れる。つまり、彼がメルコールについて語る時、メルコール自身の表現を用いた――神(god)であるだとか、唯一の神(God)であるといったように。ある意味でこれは善の影であったことの残滓かもしれない。サウロンは少なくとも自分よりも優れた他の存在に対して敬服するか認めるかできた。メルコール、後のサウロンは尚更、この暗き善の影と‘崇拝者達’の奉仕は二人を利することとなった。しかし、その時までにそのような善の影が、本当にまだサウロンに影響を及ぼしていたかどうか、疑問に思うかもしれない。おそらく彼の狡猾な真意は、かように最も正確に表わされるだろう。彼らの忠誠から唯一神への畏怖を取り除くことは、他の目に見えない存在への恭順や、他の利益の望みを提示するのに、最もよいやり方であった。サウロンは彼が希望するものを認可し、それを禁じない神を彼(アル=ファラゾーンのこと)に提示した。明らかにサウロンは世界の強国に敗れたライバルであり、今や捕虜の身であったため、彼自身を提示することは難しかった。しかし以前のメルコールの下僕として、また使徒として、メルコール信仰によって彼を捕虜の身から高司祭へと押し上げた。しかしながら、サウロンの真の狙いはヌーメノールの破壊であり、これはアル=ファラゾーンにかかされた屈辱への復讐であった。サウロンは(モルゴスとは違って)彼の配下となったヌーメノール人の存在は許容しており、極めて多くの堕落し、忠誠を誓ったヌーメノール人達を殊に使役した。



※  もし、このようなものが無理に彼の気を引いたならば、彼の精神ではなく他者の精神由来のものなので、彼は激怒し憎悪しただろう。

※※ メルコールは、当然、何も‘絶滅’させることなどできなかった。彼にできたことは、他者の下位創造的活動の精神による物質の形を、ただ荒廃させ、破壊し、堕落させるだけだった。

+  このため、彼は‘死’――彼の仮初の肉体の破壊を、何にもまして恐れるようになった。そしてどんな傷でも自身が負うようなことは避けるようになった。

#  しかしサウロンの他者の精神を堕落させる能力や、彼らに奉公させることは、彼の元々の‘秩序’への強い望みが描いた‘配下たち’への良い受益権(特に物理的幸福)といったことの残滓であった。





  • 補足です。一行目の第一紀末、というと怒りの戦い辺りを想起しますが、HoME12のp.172に"The First Age was the longest."とあります。また、HoME10にクイヴィエーネンにてエルフが目覚めイルーヴァタールの子らの第一紀が始まったとあり(p.51)、HoME11でもエルフたちの目覚めによりエルダールの時代、第一紀が始まったとあります(p.342)。要は第一紀は600年そこらじゃなく、少なくとも1万年以上はあるってことです。ベレリアンドにおける諸事、太陽の第一紀の出来事は教授曰く、"第一紀末の6世紀(the last six centuries of the First Age.)"間に起きたことなのだそうです。なので第一紀末というのは太陽の第一紀そのものを指す可能性も考えられます。 -- 名無しさん (2013-02-02 17:31:46)
  • モルゴスとサウロン終了。今ひとつな感がありますが、誤訳や、ベターな訳が出来る人は気にせず修正して下さい。 -- 名無しさん (2013-02-04 23:12:55)
  • なんか、サウロン、滅びたね。正義は勝つ! -- トゥオル (2014-03-27 23:01:12)
  • サウロンが滅びた描写はありますが、前のページをめくればサウロンは生きています。トールキンの業績はサウロンを含め、これからも鑑賞され続けるでしょう。 -- 名無しさん (2014-03-31 09:35:31)
  • うげ、こっちにまで来やがったのかよ…。マジでウザいな。 -- 名無しさん (2014-03-31 12:34:16)
  • 中つ国Wikiでも「サウロンは、トゥオルを恐れていたと思うな~。グスッと倒すよね、こんな悪者。」というコメントがありました(2014-03-31 (月) 13:47:43時点)。現在は削除されたようです→ttp://goo.gl/GTgeGA -- 名無しさん (2014-03-31 18:49:54)
  • そのコメしてる人、昨年末から中つ国Wikiで問題になってる嵐でしょ。一つの指輪はトゥオルのために創られたとか、自分の思い込みだけで語る人だから、無視するのが一番。 -- 名無しさん (2014-04-06 22:18:10)
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最終更新:2014年04月06日 22:18