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日も暮れきり部活をしている生徒どころか教師もほとんど帰ってしまった丸富大学付属高校
その生徒会室には二人の姉妹の生徒がまだ残っていた。
「今日もこんな時間になってしまいましたのね……」
その生徒会長であり姉でもある梗が一人ごちる。
「この時間でしたらジジ様の店しか半額値印章時間に間に合いませんが、どうしますか?」
「行きましょう。」
妹の鏡の何か含みを持たせた質問に鏡が即答する。
「……姉さん。無理に仕事を引き伸ばしてジジ様の半額値印章時間に合わせるのはもう止めにしませんか?」
「……では鏡は彼に合えなくなってもいいと言うのですか?」
「そんなことは! そんなことは、ありません。」
鏡にしては珍しく声を荒げかけたが直ぐに冷静さを取り戻したのか静かに言い直した。
「ただ姉さん、彼に会いたいならアブラ神の店に向かえばいいのではないのですか?」
「……そうですわよね。私としてもそちらのほうが良いとはわかってはいるのです。」
ただ、と彼女は続ける。
「……怖いのです。またあの時のように拒絶されることが。彼はそんなことはしないとわかっていても……」
「……」
半額弁当争奪戦から拒絶された時の感情は共有できる。
しかし鏡は彼に想いを寄せていなかったため想い人に拒絶された時の気持ちは分からない。
逆に彼女は一刻も早く今の想い人に会いに行きたいと思っているのだがそれは口には出さない。
「わかりました。ではもう何も言いません。」
なぜならば姉のフォローをするのが生まれた時からの彼女の役割なのだから。
「行きましょう。温かく美味しい夕餉を口にするために。」
僕、佐藤洋は一人でトボトボとジジ様のスーパーへ向かっていた。
理由は簡単、アブラ神のスーパーで負けたからだ。
今日アブラ神のスーパーで出た弁当は三つ。
まず今日はアブラ神の弁当が食べたい気分なのだと参加した先輩が即効で一つを奪取。
その混乱に乗じて白粉がもう一つを取り、残る弁当を僕、坊主、顎鬚で奪い合っている隙をついて茶髪が手に入れていた。
……なんていうか。軽く劣等感を抱いてしまう。
先輩はともかく同じ時期にデビューした白粉は弁当を手に入れているのに自分は手に入れていない。
それが少し……くやしい。
いかんいかん!
こんな余計なこと考えていて弁当を奪取できるほど半額弁当争奪戦は甘くない。
腹の虫のみに意識を向け空腹だけを思わなければ!
「あら?そこにいるのは佐藤さんではなくて?」
そう思った時後ろから声を掛けられた。
「へ~そんなことが……。」
「ええ、ここ最近はいつもこんな感じですのよ。」
道で沢桔姉妹と出会った僕は二人と共にジジ様のスーパーに訪れていた。
なんでもここ最近丸富の先生に用事を押し付けられることが多く、いつもこんな時間になってしまうらしい。
それ故にこの辺りの最終半額値印章時間を有しているジジ様のスーパーにしか顔を出せないらしい。
しかし、
「大丈夫なの?」
「心配には及びませんわ。例え一店舗しか周れなくとも確実に弁当を手中に収めてみせます。」
「いや、そうじゃなくてさ。」
苦笑するしかない。
いくら何でもただの狼である僕が二つ名持ちである彼女達の弁当の心配をするなんておこがましいにもほどがあるだろう。
「僕が言ってるのはこんな時間に女の子二人で出歩いていて危なくない?ってことなんだけど。」
スーパーでは並み居る猛者を薙倒す彼女達も腹の虫の加護を受けていない状態ではただの女の子なのだ。
主観的、客観的事実を付け足すならば頭に綺麗なとつくだろう。
ジジ様の店の半額値印章時間は遅いし争奪戦が終わる時刻はもう深夜近くになる。
一日二日ならばともかくここのところ毎日こんな時間に出歩いているならば心配するのは男として当然だろう。
まあ僕としては当然のことを言ったつもりなだけなのだが……
「どうしましょう鏡!私たらまた早とちりで折角心配してくれた佐藤さんに恥をかかせてしまいましたわ!」
その一言を受けて面白いくらいに混乱している人がいるのね、ここに。
「落ち着いてください姉さん。佐藤さんは大して気にしていないと思います。……ですよね?」
最後の一言は僕に向けられたものだ。
なので僕は縦にうなずきながら言う。
「僕のほうこそ言葉が足りなかったよ。さっきの一言だけじゃ多分他にも勘違いする人はいるだろうし。
逆にプライドを傷つけたんじゃないかと心配になってる位だし。」
「……だ、そうですが、姉さん。」
「で、ですが!今の言葉も私達はかばう言葉の裏に
『お前達のプライドなんてあってないようなもんだがな』
という言葉を滲ませた高度な皮肉という可能性も……!」
「ありません。それにさりげなく私を混ぜないでください。姉さんが一人で勝手に勘違いして暴走しているだけです。」
「鏡にまで見捨てられてしまいましたわ―――――――――!!」
おいおいと泣き始める姉を抱きしめてなぐさめている鏡。
……なんていうかこの姉妹に出会うたび、同じやりとりをしている気がする。
苦労してるんだなろうなァ……と思わず鏡に同情的な視線を向けてしまう。
その視線に気づいたのか苦笑が帰ってきた。
そんなことをしているうちにスーパーに着いた。
気を引き締め直す。
双子は……特に入店前と変わらず梗が騒ぎ、鏡がたしなめている。
普通ならば犬と蔑まれる行為。
だが一度争奪戦が始まってしまえばその二つ名にふさわしい強さを見せ付ける。
そんなことを考えている間に惣菜・弁当コーナーにたどり着いた。
今宵、半額弁当に昇華しそうな弁当は二つ。
鯖の塩焼き弁当とハンバーグ定食だ
僕は今日はハンバーグ定食に狙いを絞ることにする。
理由は簡単、何か気分的に肉が食いたい気分なのだ。
弁当コーナーを通りすぎ、お菓子コーナーにただりつく。
狼は僕とオルトロスを入れて七人、弁当は二つ。
……かなり厳しい戦いになりそうだ。
「ありがとうございましたー。」
僕はスーパーで会計を済まして外にでた。
袋の中には……どん兵衛と惣菜コーナーに残っていたかき揚げが入っている。
予想通り弁当は二つとも双子が手に入れていた。
僕も強くなったつもりではいたがやはりまだまだ二つ名持ちには敵わないらしい。


そう感傷に浸っていると前方の暗がりから声が聞こえた。
「姉さん、佐藤さんがスーパーから出てきましたよ。」
「で、でも私は佐藤さんが出てきたことをわからないということは
『失礼なお前などout of 眼中DAZE!』
ということなのでは!?」
「視界に入っていないのはスーパーと真逆のほうを向いているで姉さんで佐藤さんの視界には入っています。」
「それでも私達に話しかけてくれないということはやはり嫌われたのでは!?」
「嫌われたのではなく店から出てくるなり姉さんが暴走しだしたので呆然としているだけかと。」
「で、ですが!」
「姉さんいい加減にしてください。その面倒くささで迷惑がかかります。主に私と佐藤さんに。」
「そ、そうですわよね……。鏡はともかく佐藤さんに迷惑を掛ける訳には参りませんものね。」
「……さらっと私に迷惑が掛けるのをスルーされた気もしますが、覚悟を決めたなら佐藤さんに謝ってください。」
謝る?何のことだ?
特に謝られるようなことはした覚えはないんだけど……
「佐藤さん!」
「はい!」
突然、大声で呼びかけられ僕は自衛隊も真っ青な直立姿勢を取る。
ちなみにその時現自衛隊員の父と元自衛隊員の祖父の顔を思い出しかけてげんなりしかけたのは内緒だ。
「この度は誠に申し訳ありませんでした!」
いきおいよく頭が下げられる。
「あ~、謝られる理由がよくわからないしとりあえず頭を上げてくれない?」
僕はそう言うものも一向に梗は顔をあげる様子は無い。
困った僕は鏡の方向を向き彼女の助けを得たいという旨を視線で送る。
その視線に気づいてくれたのか彼女は助け船を出してくれる。
「姉さんは多分脳内で悪い妄想ばかりして全く外に注意を払っていないと思います。」
「……一種の現実逃避ってこと?」
「そういうことになります。」
こんなに近い距離で会話していても全く動く様子が無いということはよほど深くトリップしているのだろう。
なんていうことだ。
まさか“妄想戦士”と呼ばれた田口君以外にもここまで深くトリップできる人間がいたとは。
ちなみに田口君と僕はは中学校三年生の時に同じクラスだった。
そのころは受験シーズンに入りつつもまだ授業はあるという微妙な時期だった。
僕はそのころに推薦で進路を決めており気楽な立場を満喫していた。
進路が決まっていない石岡君も同じような感じだったがそれは僕に気を使わせない為だったんだろう。
そんな中、田口君は特に勉強をしている生徒の一人と言っていいだろう。
授業中はもちろん休み時間もひたすらに机に向かって勉強していた。
それはもう見ていて鬼気せまるものがあった。
どれくらいかと言うと、学校が終わりの合図をつげるチャイムが鳴ってもかまわずに机に向かっていたくらいだ。
先生方も田口君の熱心さは知っていたのか授業中に田口君を当てることを遠慮していた。
だがしかしある日のこと担当の先生が出張だそうで別の先生が授業にやってきた。
その先生は全く田口君のことを知らなかったらしく田口君を問題に答えるように指名してしまった。
当然田口君は気づかずに勉強を続けていた。
先生は苛ついた様子で田口君を呼び続けた。
その結果遂に田口君がぽつりと言葉を漏らした。


「おっぱい」


その瞬間教室は混乱の坩堝に叩き込まれた。
僕の残念な友人、石岡君ならともかく真面目という言葉を擬人化したような田口君が「おっぱい」と呟いたのだ。
先生も流石にどうしたらよいのか困った様子で固まっていた。
その瞬間突風が吹き先生のカツラが吹き飛ばされたことも僕らの混乱を加速させた。
それに気づいた先生が慌てて自習だと言い残し去って言った後も誰一人動くことができなかった。
それ以来田口君は勉強している振りをしてHな妄想をしている戦士つまり“妄想戦士”というあだ名が影でつけられた。
ちなみに田口君はめでたく受験に成功した。
それは僕達の世代での七十七不思議の一つにもなっている。
「………さん、佐藤さん!」
「はっ!」
しまった。
僕もトリップしてしまっていたらしい。
現実世界に戻ってきた僕を見て梗は無表情な彼女にしては珍しくほっとした表情を見せた。
「何なんですかこのカオスな空間は……」
確かに彼女の言うとおり三人中二人トリップしていたらかなりカオスになるだろう。
反省しよう。
「ゴメン。……それで彼女はまだ戻ってこないの?」
「いえ。一回戻ってきましたが佐藤さんがトリップしているのを見るとまた自分だけの世界へ。」
はぁ~と彼女はかなり憂鬱な様子でため息をついた。
……自分も原因の一端を担っているとはいえ流石に彼女に同情してしまう。
と、その時


「グゥ~」


とお腹が鳴る音が聞こえた。
僕では無いので二人のどちらかだろうと思い鏡の顔色を伺ってみると……
「………」
もうね、すごい睨んでくるのよ。
暗がりの中でもわかるくらい真っ赤な顔で。
正直言って普段無表情なだけにギャップで可愛さがもの凄いことになっている。
「……忘れてください。」
「はい。」
このまま気まずい空気が続くのはいやだったので話題を慌てて振る。
「そ、そういえば夕食はまだだったね。」
「そ、そうですね。早く姉さんを引き戻して夕餉としたいです。」
「あ、じゃあさ……」
「?」
「HP部で一緒に食べない?」
「え?……いいんですか?」
「先輩達も二人なら大歓迎だと思うしさ、人数が多いほうが美味しいし。」
「わかりました!」
そういうと鏡は梗をガクガクと揺すって無理やりこっちに引き戻そうとしている。
普段の二人とは逆の構図だ。
その顔はどことなく嬉しそうに見える。
なんだろう。
その顔は皆と食べれて嬉しいということの他になにかあるような気がするけど……。
まあ暗がりだし、気のせいだろう。
……さっき言ったことの他にも理由はある。
やはりこの時間に女の子二人だけで帰すのは気が引けたのだ。
だがなんというかそれを言うのは気恥ずかしくて言わなかった。



………夕餉の時に梗が暴走して先輩が怒らないといいけど。
それでも僕は楽しみだった。

その視点に気づいたのか先輩が声を掛けてくる。
「……佐藤、そんなに物欲しそうな目で見るな。」
「あ、すいません。」
「いや、謝ることのほどではない。……ほら。」
先輩がそういいながら身を乗り出してをこちらに差し出してくれる。
「「!!」」
ぼくはありがとうございます。とお礼を言ってそれにかぶりつく。
双子が何故か驚いていたみたいだがなにかおかしいところがあっただろうか?
やはり美味い。
素材の味を活かす為にソース等は使わずに塩だけで味付けされている。
それでももの足りなさなど欠片も感じられず、もう一口味わいたくなる。
「佐藤、人から貰っておいてそのお礼が何もなしと言うのは道徳に反していないか?」
「あ、はい。つまらないものですがお納めください。」
どん兵衛を必要以上に仰仰しく先輩に差し出すと、先輩も必要以上にものものしく
「うむ。苦しゅうない。」
と言ってどん兵衛を受け取り一緒に笑った。

「あの、佐藤さん。」
「ん、何?」
「これ、どうぞ……」
と言い、しずしずと彼女の獲得したハンバーグ定食のメインである。ハンバーグをこちらに差し出してくれる鏡。
「えっと、ありがたいんだけど…いいの?」
彼女が差し出してくれるハンバーグは見てるだけで肉汁があふれだしてきそうなほどにジューシーだ。
この距離でも気を抜けばよだれが垂れてきてしまいそうなほど香ばしい香りをただよわせていて僕の腹の虫を刺激する。
鏡から分けて貰うのはなんとなく気が引けるがそんなものは腹の虫が簡単に捩じ伏せた。
僕は身を乗りだし鏡が差し出してくれているハンバーグに食らいつく。
流石はジジ様だ。
ジジ様のスーパーの主力と言えば鯖だろうがなかなかどうして肉も美味い。

「佐藤さん!!」
「!?…………!………………っ!!」
ハンバーグを咀嚼していると梗から突然大声で呼び掛けられた驚きでハンバーグを喉に詰まらせてしまった。
だが水で流してしまうのはもったいなく感じ、苦しみながらもなんとか飲み込もうとしてると先輩が背中をさすってくださりなんとか飲み込めた。
「な、なんでしょうか…?」
そんないきさつも有りつい敬語で話し掛けてしまった。
「!?…………!………………っ!!」
だが梗はまるで何かを喉に詰まらせたかのように口をパクパクとさせているだけだ。
………僕はどうしたらよいのかわからずただ漠然と梗の顔を眺めているしかない。
………やはりとても整った顔をしているなァ…
広部さんとも著莪とも違う美しさだ。
広部さんがバラで著莪がタンポポだとするならば梗は軒先に咲くアサガオだろうか。
限られた時間しかその美しさを堪能できないのもそっくりだ。
……こうやってフリーズしている時間が1番綺麗なのが残念だが…
そんなことを考えていると鏡がスッと立ち上がり、梗の後ろに立つと…
『ドゴッ!』
というおよそ人間が発する音とは思えない音とともに首筋に手刀を打ち込んだ!
それを喰らった梗はパタリと机の上に突っ伏した。
「……」
「大丈夫です。姉さんは頑丈ですから。」
あまりのことに思わず沈黙する僕に自らの行いをフォローする鏡。
頑丈さの問題ではなく背後から後頭部へ躊躇いなく手刀を打ち込んだ鏡が僕のイメージから逸脱しているのだが…
だが今の迷いのない一撃を見るに普段から梗の暴走を止める時などに多様しているのかもしれない。
「……佐藤さんが姉さんに見惚れてるからです………普段はこんなことをしません…………」
?鏡が何やらブツブツと呟いているが声が小さくてよく聞こえない。
そうこうしている内に梗がむくりと起き上がった。
「き、鏡!!!わた、わた、私ったらささささささ佐藤をををを殺して……!!!、」
「ません。ただハンバーグを詰まらせただけです。……その原因は姉さんですけど」
「やっぱりそうですのね!!
ああ…どうしましょう…これはやはり殺人になるのかしら…でも故意ではないので傷害致死?
……いえ、まずは佐藤さんのご家族にあいさつに行くのが先ですわね……なんといってもご家族の悲しみが一番深いのでしょうから…!」
そう言うと梗は再び机に突っ伏しておいおいと泣きはじめてしまった
……勝手に死んだことにされてしまった僕はどうしたらよいのだろうか?

というか仮に死んだとしてもあの両親に報告に行くのは勘弁してほしい。
まあ、死んだ後に両親に報告に行くのはしょうがないとしてもせめてもうすでに両親のことを知っている著莪か、
もしくは全く知らない赤の他人のほうがいい。
僕は清廉潔白で品行方正で爽やかで明るくてみんなから慕われる好青年だというのに、そのイメージを死んだ後に両親に覆されてはたまらない。
だがまあそんなことはないという事実は置いといくとして、こうなってしまった梗の相手は鏡に任せるしかない。
と思い、鏡のほうに顔を向けると心得ているようで
「すいません、少し失礼します」
と僕達に一声欠けると、梗の首をむんずと掴むと梗をズルズルと引きずりながら部室の外へと出て行ってしまった。


まあ梗のことは鏡に任せておけば問題ないとして…
「無理矢理飲みこもうとして喉につまらせるサイトウ……背中をさすって貰っているうちに別のところが感じてきて……ふふふふふふふふふふふ。」
いつの間にか取り出したのかノートパソコンに物凄い勢いで打ちながら、怪しく笑っている白粉。
………人が苦しんでいる隣でこんなことをしていることに戦慄する。
こうなってしまった白粉に関わるなと僕の本能が全力で警鐘を鳴らしているのでとりあえずスルー。
…あとで髪を固結びにしてやる。

かたや僕を救ってくれた救世主<メシア>の先輩はと言うと、
「………………………」
ひたすらに黙々と弁当を口にしていた。
…なんとなく先輩が拗ねている気がする。
弁当があまりにも美味しくて夢中になっているだけかもしれない。
ただ、根拠はないが先輩が拗ねているのだと直感したのだ。

だとしたらそんな先輩を無視するという選択肢は僕にはない。
「先輩」
「!…なんだ?」
やはり拗ねていたらしい。
今の声の響きはいつも通りだったものの、どことなく話しかけられてほっとしたという雰囲気がただよっていた。
…さてと、話しかけたはいいもののネタが無い。
こういう経験がある人ならわかると思うけど、話しかけて何もネタがないと、
……割とガチで気まずくなるよね。
と、言う訳で思いついたことをそのまま述べることにする。
「あ、あのですね、先輩?実は肉ばかりでは問題があると僕の腹の虫が訴えていてですね?
是非ともその魚のフライを頂ければと存ずるしだいでございまして…」
「何だ佐藤? お前はこの神聖な最後の一口を食べたいと抜かすのか?」
先輩があまりにも早いスピードで食べているので気づかなかったがもう既にほどんど食べ終わっていたらしい。
…さすがに最後の一口を頂くのは気が引けるので辞退しようとする。
「…と、言いたいところだが条件しだいでは考えないこともない。」
「え? …条件とは?」
「今夜一晩私に付き合え。」
「……………わかりました…………お付き合いさせてもらいます。」
さて、ここでこの文章を読んでいる君達はこう思っているだろう。
『なんて素敵な台詞をあの先輩から言われてやがるんだ』
『しかもそれに対する返答で三点リーダ使いすぎだろ!! どんだけ躊躇してやがんだ!!』
『もげろ佐藤』
と。
ああ、君達の言いたいこともわかる。
だが次の日が平日ならばともかく土曜だ。
そうなればどれだけ絞りとられることやら…
そう、先輩はそっち方面には疎かったものの、いや疎かったからこそ、一度その味を覚えるとものすごくはまりこんでしまった。

そう…僕達が初めて結ばれなのもこんな夜だった…

………………
…………
……
駄目だ!何も思いつかない!
やはり高段位桜桃団たる僕には全く経験していない先輩との睦事を語るのは無理があるのか!?
いやそんな僕だからこそ語れる妄想があるはずだ!
……虚しくなってきたのでこのあたりにしとこう。
まあ先輩のさっきの言葉は
「今夜一晩私(との盤ゲーム)に付き合え。」
と言う意味なのでこれを読んでいるエロパロ板のみんなの期待している展開にはならないのであしからず。
まあ僕としては不満が無いと言ったら嘘になるがこんな感じの雰囲気も悪くないと思っているので特に問題は無い。
「いいですよ。……今日こそは僕が勝ちをもらいます。」
「ほう、言うじゃないか。いいだろう返り討ちだ。」
僕たちはそうやってお互いに視線で火花を散らしあっている内にどちらとも無く笑いはじめた。
ひとしきり笑いあったあと先輩から弁当をありがたく頂戴し一息ついたころ、
「「!?」」
突然扉の外からドタン!と言う音が響いた。
いや正確にはずっとドッタンバッタンという音や梗の叫び声が聞こえていたんだけど今回の音は桁外れに大きかった。
気になった僕たちがとりあえず扉の外に出てみると、
「「…」」
無言でテンパっている梗と無言で蹲っている鏡がいた。
「「…」」
そして全く状況が掴めずに無言になる僕たち。
……一体どんなカオス空間だと突っ込みたい。
とりあえずテンパッている梗は当てにならないので鏡に話しかけることにした。
「えっと、鏡、さん?これは一体どんなシチュエーションなのでしょうか?」
「…………ので………たら……れて………ました。」
しゃべっていすのだが蹲られた状態で説明されてもよく聞き取れない。
なのでしゃがみこんで聞くことに。
「姐さんが、話を、聞いてくれないので、押さえ込もうと、したら、突き飛ばされて、倒れました。」
「…もしかして、その時に足をくじいたとか?」
「恥ずかしながらそういうことです……」
「ちょっと触ってみてもいい?」
「え?ええ…どうぞ…」
鏡の許可をもらい軽く触ってみる。
…う~ん……
触ってみたはいいが靴下越しではあまりよくわからない。
「靴下脱がすよ」
「え………!?」
鏡が痛がらないようにゆっくりと靴下を脱がしていく。
「うわ…」
と思わず声をあげてしまう。鏡の足は暗闇でもはっきりとわかるほどに腫上がっていた。
「触るね」
鏡の許可を貰うと、僕は鏡の足へと手を伸ばし軽く触ってみる。
「ここは痛い?」
「いえ。」
「ここは?」
「…少し痛いです。」
そんなやりとりを数回繰り返す。
「うん、多分骨に以上は無いと思う。だけど一応明日にでも病院に行ったほうがいいよ」
「佐藤さんって触っただけでそんなことわかるんですか?」
「まあ、一応…ね。」
覚えたくて覚えた知識ではないけど。
幼いころから祖父の山に放り込まれていたせいで覚えてしまった知識だ。
なので専門的なものではなくて、『こんな症状の時に動いたらひどくなった。』といった感じの経験論だ。

ん?
暗くてよくわからないがなんとなく顔が赤い気がする。
……そこまで考えて気がついたがこのシチュエーションはなんていうか、端からみると物凄く怪しい光景ではないか。
美少女の靴下を脱がして、足を触るなんてことをよく僕も真面目な顔でできたものだ。
「と、とにかく今日のところはなるべく足を動かさないように!」
「は、はい!わかりました!」
必要以上に語尾に力を込め慌てて立ち上がり、鏡から距離をとる僕。
二人の間に気まずい空気が流れる。
でもそれは決して不快なものではなくて、甘酸っぱいというか、恋人同士のそれに近いような気がして……どうしたらいいのかわからない。
「では今日の所はこれでお暇させていただきますわ。」
いつの間にか復活したのか、ナイスなタイミングで僕たちに声を掛けてくれる梗。
「鏡、歩けますか…?」
「大丈夫です、姐さん……っ」
立ち上がろうとするもののやはり痛むのか立ち上がれないらしい。
「そうだな……佐藤」
「はい?」
「今日のところは私のことはいい。……二人を送ってやれ。」
「えっと…、それは…なんというか、先輩に申し訳ないというか……」
「なんだ?弁当のことを気にしてるのか?その借りは今度獲った時に返してくれればいい。……最初と最後の一口でな。」
何故だかわからないが先輩にこうやって言われた時に胸にチクリとした痛みが走った。
だがそんなことは気のせいだと自分に言い聞かせ普通に振舞う。
「なんか増えている気がするのですが……」
「利子だ。」
「あ、そっすか…」
少しばかり惜しいという気持ちが湧き上がったが今はなにより鏡のことだ。
とりあえず鏡に肩を貸して立ち上がらせる。
「佐藤さんにまで迷惑をかけて…本当に申し訳ないですわ……」
梗は目に涙を溜めて今にも泣き出しそうな顔をしている。
そんな姉を見かけて鏡が声を掛けた。
「………姐さんのせいだけではないです。上手く受身を取れなかった私にも責任はありますから。」
「でも…」
「申し訳なく思うなら少しは暴走癖を直してください。今回の件も元はと言えばその暴走が原因なのですから。」
「……努力しますわ。」
鏡の痛烈な一言で少しは気が紛れたのか少し梗に笑顔が戻った。
ああ、美しき姉妹愛。
だがその姉妹愛にはさまれてる僕は少しばかりいたたまれな気分になってしまったので話を進めることにする。
「とりあえずいつまでも話してても仕方ないし、そろそろ出ない?」
「そうですわね。…せめて二人の鞄くらいは持ちますわ。」
「私はもう少しここにいるとしよう、白粉もまだ中にいるしな。」
……すっかり忘れていだがアイツは部屋の外でこんな大変なことが起こっているのに何をやっているんだ……
想像するなと僕の中の警戒装置が全力でアラートを鳴らすのでスルーすることにした。
「わかりました。……じゃあ先輩、失礼します。」
姉妹も先輩に別れを告げると僕たちは先輩と部室に背を向けて歩きだした。
先輩に別れを告げしばらく歩いたところで本日最初で恐らく最大の難関にぶつかった。
ここまで僕は足を怪我した鏡に肩を貸して歩いてきた。
いつもよりもペースはかなり落としているものの大きな問題はなかった。
ここまでは。
忘れている人もいるのかもしれないので思い出してもらおう。
鏡が怪我したのはHP部の部室の前、そしてその部室があるのは5階だ。
ここまでくれば察しのいい人はもう気づくかもしれない。
そう、本日最初で最大の難関とは階段だ。
くそうこんなことなら中学校時代に
『全てを拒絶する魔の空間』―オールキャンセルスペース―
という中二病丸出しの異名を持つ岩本君が開発した手動式エレベーターを設置しておくんだった。
彼の異名の由来は彼自身の汗くささだ。
彼はその、なんというか、控えめに見ても相撲取りにしか見えないというとんでもない巨漢だ。
中学生の時点で体重200㌔を超えていたのだからその外見は圧巻の一言に尽きる。
そんな彼は僕らの教室があった3階まで上るのも降りるのも苦痛だったらしい。
そこで彼が開発したのが手動式エレベーターだ。
と言っても仕組み自体は簡単だ。
校舎の屋上に滑車を取り付け片方には長いロープ括り付けた重りを、もう片方のロープを取り付ける。
後はロープを握り、重りをつけた方のロープを引っ張り重りを落とすと自動的にあがれるという訳だ。
ここまで完成したところで大きな問題が1つ発生した。
まあ皆さんの予想どおり岩本君が重すぎて上がれなかったのだ。
ではどうしようかと考えたが、流石に200㌔の巨体を持ち上げれるほどの重りにもなると中学生が手に入れるのは難しく断念するしかない。
かに思えたが、岩本君は驚くべき手法でその問題をクリアした。
それは重りが軽すぎるのならば自分が軽くなればいいという本末転倒の発想だった。
その結論に達した彼は必死にダイエットした。
いつも給食の残り物を食べてくれる役だった彼が給食を食べてくれなくなり、あんなに嫌がっていた階段の昇り降りを毎日数えきれないほどこなしていた。
その無茶とも言えるダイエットの結果彼はわずか1カ月で標準とまではいかずとも、ちょっと小太りかな?
と思えるくらいの体系まで絞り込むことに成功した。
その結果彼は階段の昇り降りが苦痛になくなり、自作式エレベーターを彼が使うことは無くなった。
ただし、彼が使うことは無くなったからと言って誰も使わなかった訳ではない。
痩せる前の彼と同じく階段の昇り降りが苦痛であり、彼ほど太ってはいなかった、石岡君。
彼は、岩本君が手動式エレベーターを使うことは無いと知るやいなや、岩本君にそれを譲り受けたのだ。
では早速試運転してみようと言うことになり、僕を含めた数人で彼の試運転に立ち会った。
彼の体重は中学生にしてはやや重めの60㌔、重りの重さは約100㌔。
特に問題は無かった。
石岡君は
「じゃあ、行って来るぜ。」
と彼には全くと言っていいほど似合っていなく、逆に笑いをとろうとしているのかと勘違いするようなニヒルな笑みを浮かべると、ロープを引っ張った。
だがいつもでも彼が上がる気配はない。
失敗か…?
皆がそう思ったころ変化が現れた。

彼の上に重りが落ちてきたのだ。

そう、彼が引っ張ったのは本来引っ張るほうではなく、彼が掴んでおくほうだったのだ。
無理に逆方向へ引っ張った結果、重りの結び目が解け、重りがただ落下してきたのだ。
もちろん僕たちは石岡君をほっぽりだして逃げた。
結構な音がしたので、すぐに教師が駆けつけてくると判断したためだ。
石岡君なら、放って置いても死ぬことは無いだろうし、それより自分たちの安全を確保するのは当然の判断と言えるだろう。
ちなみに岩本君が重りにつめておいたものはただの水だ。
そのため石岡君に直撃した途端、水を詰めていた袋が破裂し、あたり一面は水びたしになった。
当然僕たちもずぶ濡れになったがこの程度のことは僕たちにとって日常茶飯事だったので気にしていない。
その後だが石岡君は3日後にはちゃんと登校してきた。
しかもその2日間休んだ理由はずぶ濡れになったため風邪を引いたからなので、特に大きな問題は無かった。
岩本君はダイエットをしていた結果、運動の楽しさに目覚めたらしく、その後も運動を続け3年になるとスポーツの名門校へと推薦入学を決めていた。
そして彼の開発した手動式エレベーターはその後、例の
「行ってきまあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――」
の件で活躍することになるのだが、それはまた別のお話。
さてと、いつまでも過去の回想に浸っていても仕方が無い。
さしあたって、今重要な事柄は梗の事だ。
……まあ特に悩むこともないか。
「梗、ちょっと支えるの変わってくれない?」
「……? 構いませんけど……」
梗に梗を預けると自由になった僕は、
鏡の前に立ち、背を向けると軽く腰を曲げた。
「え……!?」
「ここからは僕が背負っていくよ。」
「そ、そんな……佐藤さんに悪いです!背負うならわたくしが……!」
「いやいや、女の子の梗に背負わしたほうが僕が罪悪感で押しつぶされそうになるから。」
「えっと…佐藤さん………よろしくお願いします……」
鏡はそういうと僕に覆いかぶさってきた。
僕はそれを確認すると鏡を背負って立ち上がる。

肩を貸したときから思っていたけど、軽い。
著莪にふざけてのしかかられた時も常に軽いと思っていたが、それと比べても軽すぎる。
まさか羽毛のように軽いという表現を僕の人生で使うことになるなんて昨日まではおろか、1時間まで思っていなかった。
「佐藤さん……!褒めてくれるのは嬉しいですが、恥ずかしいので止めてください…!」
鏡からそう言われるが、特に恥ずかしいことを言った覚えは無い……はずだ……?
「………もしかして、口に出してた?」
「はい、それはもうばっちりと。」
心なしか頬を赤く染めた梗に死刑宣告かと思うような断言をされてしまった。
………
……

うわぁ…
今の僕の気持ちを一言で表すとこんな感じだ。
ヤラカシチマッタZE!!
やばい、恥ずかしすぎる。
しかも先ほどまで鏡の体のことを気遣うことに頭がいっぱいで気に留めていなかったが、今のこの格好ものすごくない?
……落ちつけ、ヨー・サトウ。
いわばこれは救助だ。
別にいやらしい考えがあってのことでは無い。
そう、人口呼吸と同じことだ。
………うん。
そう考えてみると少しは落ち着くことができた。
考えてみれば、足を挫いた著莪を背負うことも、
アイツがミスって息をしなくなったときに人工呼吸をしたことも何度かあるではないか。
だから大した問題では無い。
……さてと、気を取り直して、
「んじゃ、階段を降りるよ?……なるべく気をつけるけど痛いようだったら言って。」
「………はい………」
僕とは違いこんな状況に慣れていないのだろう、鏡が耳元で囁かれる様な小さい声で答えた。
僕が階段をゆっくりと降り始めると梗もゆっくりとついてきた。
……?
変だな、鏡がこんな感じなのだから、梗はもっとテンパッっていてもおかしくないと思うのだが……
まあ、鏡が怪我しているこの状況ではテンパっている余裕も無いのだろう。
そう考えると、梗は鏡というストッパーがいるからこそ、あんな風に暴走できるのかもしれない。
やはりいい姉妹だと、改めて感じることができ、場違いかもしれないが、嬉しくなってしまう僕だった。

最大の難関である階段をクリアした後はトントン拍子とまでは言わないまでも、特に大きな問題も無かった。
まあ、二人がずっと沈黙しているので、少しばかり気まずかったがまあ許容範囲だろう。
心当たりは……
無いわけでは無い。
理由は恐らく僕が鏡を二人の家まで背負っていったためだと思う。
肩を貸して歩くよりも、確実に早く着くと思ったのもあるが、それだけではなく無理をさせて悪化させてはいけないと判断したためだ。
そうして二人と別れた僕は、一人帰路に着いているという訳だ。
しかしまあ、女の子と密着するだけでなんかこう、ホニャララパーな気分になるよね?
首筋から匂ってくる甘い香りや、背中ごしに感じる柔らかさやら、つい触ってしまった太もものスベスベ感とか、もうその全てが男の本能にダイレクトだ。
こんなことを考えていると僕が人の弱味に付込んだ鬼畜に覚えてくる。
………
……

うん、客観的に見て否定できる要素がないね!
まずい、ただでさえ『変態』という二つ名が定着しかけているというのに!
まあ二人が言いふらさなければ特に問題は無いだろう。
そこまで考えてふと思った。
………今度顔あわせた時が気まずいなぁ、と。
それから僕は二人と顔を合わせたときにどういう対応をすればいいのかもんもんと考えることになった

私は自室で何をするのでもなくベッドに横たわっていた。
普段から姉のフォローにまわされる立場にある私にとって、自分の時間が取れることは珍しい。
ならばもうちょっと有意義な時間を過ごしてたほうがいい。と自分自身理解している。
しているのだが……
「……無理ですね……」
さっきから何かをする気力が全く沸いてこない。
理由に心当たりはある。
あるが、それが本当にそうなのか。あるいは錯覚ではないかと考えてしまう。
何しろ、こんな感情を感じるのは初めてなのだ。

普段から感情を抑制している、まではいかないかもしれないが、少なくとも姉よりは上手く感情をコントロールできていると思っている。
そんな私にとって自分が抑えることもできない感情の奔流には少なからず屈辱を覚えていた。
だがそれは屈辱的なものでありながら、決して不快感を覚えるものではなかった。

「……お風呂、入らないと、」
普段ならばとっくに入浴を済ませ、宿題などに追われているはずの時間だ。
だがいまだ入浴すら済ませていない。
気力が沸いてこないことだけが原因ではない。
私は怖かったのだ。
ずっとしがみついていた結果、私に付着した彼の匂いを洗い流してしまうことにどうしようも無く喪失感を感じているのだ。
「変態ですね……」
そう自嘲するが、それで彼の二つ名と同じだと喜びが浮かんでくるあたり末期かもしれない。

今こうしている間にも次から次へと彼にして欲しいことが浮かんでくる。
彼ともっと話をしたい。
彼にもっと触れて欲しい。
彼にもっと匂いをつけられたい。
彼にもっと求められたい。
彼に自分だけを見て欲しい。
そう思った瞬間、
ズクンと。
胸に重く鋭くドス黒い痛みが走った。
そう、彼はあの時姐さんに見惚れていた。
あの時はほとんど意識せずに体が勝手に動いていたが、我ながらファインプレイだったと言わざるを得ない。
あのおかげで彼の視線から姐さんを引き離すことができた上、結果的にだが彼に背負ってもらうことができたのだから。


312 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2011/07/16(土) 15:34:37.28 ID:G6TjELP+ [5/10]
「んっ………」
あの時のことを思い出すだけでどうしようもなく体が火照る。
手は知らず知らずのうちに秘部へと伸びていた。
「んんっ………」
そこはもうすでに自分の体とは思えないほど熱くなっていた。
ショーツの上からなぞるように手を動かす。
「ああっ……ん……」
それだけで待ちわびたかのように愛液があふれだした。
「ん……はぁ…」
だが足りない。
こんなものでは全然足りはしない。
「んぅっ……!……ん……」
ショーツを下ろし直接手で触れる。
思わず大きな声を出してしまいそうになり慌てて指で口を押さえた。
「ふぅ………ぁ………んぅ……」
必死に声を抑えるものの体は言うことを聞いてくれない。
快楽を享受するたびに声を上げてしまいそうになる。
「んぅ……はぁ…んっ……」
指を口に咥えたのは失敗だったかもしれない。
手からかすかに漂ってくる彼の香りが私をさらに淫らにさせていく。
「あむ…ん…あ…」
いつしか声を抑えるためではなく、彼の残り香をあますところなく味あうために指を咥えていた。
「んむ……ぴちゅ…じゅる……んん……!」
片方の手で彼の匂いを味わい、もう片方の手で秘部をまさぐる。
そうすることによりまるで彼に口付けをされながら、秘部を弄くられているような感覚に浸れる。
「んっ…!……はぁ……んん…」
私もこの年齢にもなれば体を持て余すこともあり自慰の経験が無いわけでは無い。
「はむ……んあ……ぅん……」
だがこれほどの快感を感じたのは初めてだった。
「んんっ…!…ああっ……」
まるでこの感覚の逃げ場を探すかのようにびくりと腰が跳ねる。
だがそれでも本能が求めることを止めようとしない。
「あっ…ふっ…んあっ…!」
頂点が近づいてきている。
あとわずかで達するだろうと一欠けらほど残っている理性で判断する。
「ああっ…!くっ…!ふぁ……ん…あ―――――――――――!!」
達した。
彼のことを想いながら自慰に興じ絶頂に達してしまった。
「これは…お風呂に入らなくてはどうしようもありませんね……」
体中汗にまみれ、手と秘部からは愛液が滴り落ち口元にはだらしなくよだれが垂れている。
そのせいで彼の匂いはすっかり私の匂いで上書きされお風呂で洗い流すことに何の躊躇いも感じなかった。
だがこれで完膚なきまでに認めざるを得ない。
彼の匂いに包まれるだけで普段数段階上の快楽を感じ取ることだできたのだ。
もう否定できる要素が無いだろう。

「私は、彼のことを、佐藤洋さんのことを、愛しています。」

それは誰に言うでもない決意表明。
そして、宣戦布告だった。




人は一人では生きていけない。
こんな言葉は世間的に見れば決して長い間生きているなんて言えない僕でも数え切れないほど聞いてきた言葉だ。
学校の担任の先生は新学期になり自己紹介の機会を設けるのに絶好の言葉だし、校長先生が朝礼の時に話すネタが無くなったら必ず使うフレーズだ。
あの週刊少年ジャンプの三大柱だって「友情、努力、勝利」だ。
友情のために努力し、敵に勝利する。
その結果敵だった者とも友情が芽生える。
孤高を貫いていてる者も最終的には主人公の味方をしてくれるものだ。
なのでジャンプの登場人物の中で一人で生きているなんて奴はいない。
だからこそそれは理想論では無いかと思うのだ。
なるほど、性別も種族も前世からの因縁も関係ないと断言してみんな仲良く暮らす世界。
それはなんて理想郷なのだろう。
だが現実世界はそんなことは無い。
世界中の至る所で肌の色が違ったり、宗教が違うなどと様々な理由で争いが行われている。
世界なんて大きい視点で考えなくともこの狭い日本でも争いはあるのだ。
勝者は全てを得るが敗者は様々な屈辱感に苛まれるゼロサムゲーム。
そう、恋愛だ。
僕がひとり寂しく夜道を歩いているこの間にも、『彼女持ち』―リア充―の奴らはどこぞのホテルでギシギシアンアンしてやがるのだろう。
ああうらやまs……じゃなくて、なんてけしからんのだろう。
こんなことだから近頃の若者はけしからんなんてお年寄りの方々に言われてしまうのだ。
近頃の若者たる僕は日ごろはその言葉にどうも疑問を覚えていたのだが、今日ばかりはその言葉に賛同せざるを得ないようだ。
………要するに何が言いたいのかだって?
HAHAHA。
そんなこと説明するまでも無いだろうボーイ?
つまり僕が言いたいのはものごっつ寂しいってことSA☆
…………
………
……
まあ、妙なテンションでやたらと小難しいことを考えていたが僕が述べたいのはようするにそういうことだ。
夜道を一人で歩くのは別にいい。
それには普段から慣れているし、沢桔姉妹を送っていくことになったときからある程度長い距離を歩くことになるのは覚悟していた。
だが、今の僕は帰路に着いているわけではない。
むしろ逆方向へ歩いているのだ
こうなってしまった理由はただ一つ。
著莪だ。
さて、ではここで著莪の名前が出てきた理由をダイジェストでお送りしよう。

一人で夜道を歩く僕

暇だ

なんとなしに携帯をいじる

著莪から電話が入っていたことに気づく

著莪へ電話
「今から家でゲームなー。んじゃ待ってるから。」
ガチャ。ツーツーツー。

うむ。
我ながら見事な再現だ。
ちなみに最後の著莪の言葉はダイジェストだからでは無く著莪が言い放った言葉そのままだ。
こちらには一言も述べさせず自分の言いたいことだけ言って切られてしまっては従うしかない。
そういう訳で僕は著莪の家へと敗北感に苛まれながら歩いて向かっている訳だ。

…………
………
……
著莪のマンションにたどり着いた僕はインターフォンを鳴らすことも無く著莪の部屋へと入る。
誤解の無いように言っておくと著莪が無用心で鍵をかけていない訳ではなく、著莪の部屋の合鍵を僕が預かっているからだ。
ちなみに著莪も僕の部屋の合鍵を持っている。
来たぞーと投げやりに言い、おーといつも僕たち二人が著莪の家でゲームをする部屋から声が聞こえてきたのでその部屋へ入る。
参考までに述べておくとこの部屋には著莪がいつも寝ているベッドがある。
それは別にいやらしい意味では無く僕たちがゲームを始めると大概意識を失うまでゲームをやってしまうのでベッドがあるほうが何かを都合がいいのだ。
そこには当然のようにベッドとTVとセガサターンがあった。
「……は?」
そう。それしかなかったのだ。
そこには本来あるべき、いや、いるべき部屋の主がいなかった。
確かにこの部屋から著莪の声が聞こえてきたにも関わらずだ。
そのとき僕の頭は0.2秒でこの事件の顛末に至った。
つまりこうだ。
考えてみればあの著莪の電話はおかしかった。
アイツが自分の部屋に僕を呼ぶときは多少無理やりな合意であろうと必ず僕の合意を取り付けるはずだ。
もしもどうしてもゲームがやりたくなったのならば僕の部屋に押しかけてくるはずである。
だがそれをしなかった。
何故か?
それは著莪が一人ではなかったからである。
著莪一人ならば僕の部屋に訪ねてきても従兄妹だからで済むが他の子がいたならばあの魔窟へつれてくるのは気が引けるだろう。
さらに著莪はその子と二人きりでいてはいけない理由があったのだ。
つまり真相はこうだ。
著莪はあせびちゃんと二人でゲームをしていたところあのお札の効力が切れかけていることに気づいた。
そこで僕に電話を掛け、代わりのお札を買ってきてもらおうと考えた。
その電話に僕は出ず、刻一刻とお札が消失していく。
その内にお札の効力が風前の灯火となり「もう駄目か…」と諦めかけた時に僕から電話が掛かる。
だが今からお札を買ってきてもらうにはあまりにも時間が足らない。
その結論に一瞬で達した著莪は一人であせびちゃんに巻き込まれるより、被害を減らそうと僕を巻き込むために僕を自分の部屋へと誘ったのだ。
そう考えて思い返してみるとあの電話の著莪の声は切羽つまっているように思えるし、この部屋に僕が入った時の声も気の抜けたというよりホッとした声に思える。
だがそこで気を抜いてしまったのが運の尽きだった。
今まで張っていた緊張の糸が切れあせびちゃんの不幸へと巻き込まれたのだ。
そのあせびちゃんの不幸が今までよりも桁はずれだった。
いや今まででも十分だと思わなくも無いが、いつもよりも摩訶不思議だったのだ。
つまり彼女たちは突如として現れた黒いもやに包まれて異次元へととばされてしまったのだ。
いつだったか著莪が僕に語った夢の話。
あれが実は夢では無く実際に存在するがこの世界とは決して交わることのない平行世界だったのだ。
だがその世界とこの世界があせびちゃんの力によってつながってしまい、その世界へと彼女たちは飛び立っていったのだ。
と、言うことは僕のポジションは
………
どう考えても脇役じゃないか……!
物語の根幹には関わることなく最初と最後の一話にしか登場せず彼女たちが戻ってきた後何があったのか聞くと
「う~ん…ま、イロイロ、かな!」
って感じのさわやかな一言で終わらせるためだけのキャラ。
……うう…
僕だって夢と魔法の冒険ファンタジーに旅立ちたいのに……
などと感傷に浸っていると《ドン!》と後ろから衝撃がありベッドにうつ伏せで倒れこむ。
まさかあせびちゃんの力で異世界とつながってしまった影響で向こうからも誰かがやってきたのか!?
その子は当然美少女で魔法を使えて、その力を狙う悪の組織やらこっちの世界を侵略しようとする悪い魔法使いやらとの戦いに巻き込まれる僕。
何の不思議な力も使えないけど知恵とトラップの知識で彼女を手助けしていくうちに……
ははっ。
なんだよ、サブキャラどころか立派にメインどころじゃないか。
消えてしまった著莪とあせびちゃんには悪いけど、僕は慣れ親しんだこっちの世界で非日常に巻き込まれていくとするよ。
「……おーい佐藤。妄想してないで戻ってこーい。」
僕のその幻想を打ち消すかのように耳元からは聞きなれた声。
………
そ、そうか!
このままでは向こうの世界には著莪とあせびちゃんが二人いるということになってしまう。
その矛盾を解消するために向こうの世界の著莪とあせびちゃんがこっちの世界へとやってきたのだ。
うんうん。
我ながら完璧な予想だ。
「いやそんなことないから。もうこれ以上ないほど完膚なきまでにその妄想は外れてるから。」
再び耳元に聞こえる声。
その声があまりにも自分の知っているアイツの声そのままで、僕はさっきまでの想像が違っていることを認めるざるをえないことを悟った。
「……どうやっていたはずの部屋から姿を消したんだよ?」
「ん?いや佐藤が来たのわかったからさ、ほら、あるじゃん扉の裏。そこに隠れてた。」
なるほど、古典的であるが故に気づきづらい、いわば心理的に隠れたというわけか。
「……まあいいけどさ。そろそろどいてくれない?結構この体制辛いんだよ。」
「………ちょっと待って……」
「?」
そういうと僕の首筋に顔をうずめてくる著莪。
著莪の長い金髪が頬を妙になでこそばゆい。
「ねえ佐藤。」
「ん?」
「何か変なこと、やった?」
「え?……別に特に変なことはやってないと思うけど…?」
「ふ~ん……」
著莪はそう言うとよっと体を起こして僕を解放してくれた。
「まあ別にいいけどさ……佐藤、シャワー浴びてきなよ。ものすごく、匂う。」
「…?」
僕もベッドから体を起こす。
僕自身は特別変な匂いには気づかなかったのだが、まあ特に断る理由もないのでおとなしく好意に甘んじることにする。
著莪の部屋には僕の着替えも何着かおいてあるので特に問題はないし。
「じゃあシャワー借りるよ。」
「ん…」
一応了承をとると著莪はなにやら考えこんでいるようで生返事が返ってきた。
まあ浴びて戻ってくるころには戻っているだろうと軽く考え僕は浴場へと向かった。