ちょっとアレコレ見直しちゅーです

騎士(英語:Knight、スペイン語:Caballero)


騎士は中世盛期(11世紀~15世紀)の優秀な 騎兵 (馬に乗って戦う人)に与えられた称号。
起源はヨーロッパを征服した 古代ローマ (BC753-1453年)の エクィテス (馬に乗ったエリート軍人)まで遡れるのかも。
16世紀になると戦争で威力を発揮するのは銃や大砲。花形だった騎士の時代はオシマイになって、称号だけが爵位として残ります。
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レコンキスタで活躍した英雄の騎士 エル・シッド (1043–1099:スペイン)

+ 騎士からテルシオ戦術へ


騎士と君主


騎士が花形だった中世盛期は、王様・貴族/教会・騎士が契約で結ばれてる 封建制 (F&B時代は王様が国を統治する 絶対君主制 )。
契約は「臣下の臣下は臣下でない」だから、王様が貴族の騎士に直接命令はダメ。
おまけに君主がちゃんと保護しないアホアホだと、騎士は別の君主へ転職しちゃったそうです。

封建制度

円卓の騎士 ガウェイン アーサー王伝説 )やフリーランスな自称騎士 ドン・キホーテ は、愛と浪漫を求めて旅する 遍歴騎士
16世紀のスペインは、遍歴騎士の物語『 アマディス・デ・ガウラ 』が人気です。
アマディスはドン・キホーテも憧れた騎士。

アーサー王伝説『 ガウェイン卿と緑の騎士 』(1400年頃:大英博物館)


騎士道


騎士道は忠誠、公正、勇気、武勇、慈愛、寛容、礼節、奉仕…などなど。時代や国によって色々です。
ベースはキリスト教の観念で、悪徳は「七つの大罪」美徳は「七つの美徳」頑張れば「聖霊の七つの賜物」が貰えるっぽい。
とはいえ守るのはムズカシイ…これを皮肉ったのが ミゲル・デ・セルバンテス 著『ドン・キホーテ』です。
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Joannes Galle著『 神の戦士 』(1586-1635:フランドル)

七つの大罪(罪源) 七つの美徳 聖霊の七つの賜物
色欲(Luxuria) →貞潔(Castitas) 上智/知恵(Sapientia) この世界において神の働きを認識できる
貪食(Gula) →節制(Temperantia) 聡明/理解(Intellectus) キリスト教徒としての正しい生き方を理解できる
貪欲(Avaritia) →寛大(Caritas) 賢慮/判断(Consilium) 善悪を正しく判断できる
怠惰(Acedia) →勤勉(Industria) 剛毅/勇気(Fortitudo) 恐怖を克服して信仰を全うするための覚悟がある
憤怒(Ira) →忍耐(Patientia) 知識(Scientia) 神の言葉を知っている
嫉妬(Invidia) →善意(Benevolentia) 孝愛(Pietas) 神や教会に対する深い崇拝の念を抱く
高慢(Superbia) →謙遜(Humilitas) 敬畏(Timor Domini) 神の偉大さや崇高さについて畏怖の念を抱く

+ 騎士道と戦争って矛盾しないの?


騎士になるまでの道のり


叙任される騎士に身分は関係ナシ。
っといっても、馬・甲冑・武器…騎士はなにかと必要経費が多いので、それなりの身分がないとムリ。現実はキビシイですね。

小姓 (ペイジ) 7歳頃~ 宮廷や貴族の屋敷に仕えて、使い走りや家庭内の仕事をする。
馬や武器の扱い方、テーブルマナー、チェスの遊び方など騎士の初歩をお勉強。
従騎士 (エスクワイア) 14歳頃~ 先輩の騎士に仕えて、身の回りの世話をする。
武器を修理、戦場へ甲冑を運んで主人に着せながら戦場をお勉強。
騎士 (ナイト) 20歳前後 君主から叙任を受けた一人前の騎士。

+ 叙任式


馬上槍試合


馬上槍試合は12~16世紀に流行った、ヨーロッパ中から騎士が集まって技量を争う競技大会。
試合の結果を記録するために 紋章リスト がありました。
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王アンリ2世の馬上槍試合(1559年: Hôtel des Tournelles

フランス王アンリ2世(王アンリ3世の父親)は娘 エリザベート とスペイン王フェリペ2世の結婚祝宴会で馬上槍試合を開催。
ジョストに参加した王様は、右目を貫かれて死亡してます。
イングランド王ヘンリー8世(女王エリザベス1世の父親)は、息子 ヘンリー の誕生祝賀会で馬上槍試合を開催。

+ フランス王アンリ2世の死を予言したノストラダムス


種目


21世紀も 国際試合 やテーマパーク Medieval Times Dinner and Tournament (アメリカ)で馬上槍試合が見れるそうです。
テーマパークは手づかみの中世料理付き。
ジョストの動画はこちらhttp://www.youtube.com/watch?v=KpwFkIpDFFYをどうぞ。

ジョスト 一騎討ち の競技。
馬に乗って、すれ違いざまに ランス (刃物が付いてない棒)で突き刺す。
お互いにかなりの衝撃。落馬した人が負け。
メレ 白兵戦 の競技。
2つのグループに分かれて、普段使ってる武器で戦う。騎馬戦もアリ。
戦場さながらの戦いっぷりで、とーっても危険。
決闘裁判 決闘 のご親戚。
パ・ダルム いまいち分からなかったけど、どうやら壮大な乱闘の競技っぽい。
個人や団体で陣地を守りながら、挑戦にきた相手と戦う。
数日間戦うので観客も飽きる。


宗教騎士団


大昔キリスト教やイスラム教の聖地エルサレム(イスラエル)はイスラム教徒に占領されてました。
イスラム教徒からエルサレムを奪還/防衛する 十字軍 (1096-1272年)で誕生したのが、カトリック教会の宗教騎士団(騎士修道会)。
構成メンバーは修道士。
巡礼者のために護衛や、王様や貴族から領地やお金をガンガン寄付されて病院や国際銀行も作ってます。
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中世ヨーロッパの3大宗教騎士団(左から) 活動期間
テンプル騎士団
(フランス)
1128-1314
ホスピタル騎士団/聖ヨハネ騎士団
(イタリア)
1113→21世紀:マルタ騎士団
ドイツ騎士団
(ドイツ)
1199→プロイセン王国→21世紀:慈善団体


スペインの3大宗教騎士団


大昔イベリア半島はイスラム教徒に占領されてました。
イスラム教徒からイベリア半島を奪還する レコンキスタ (718-1492年)で誕生したのが、スペインの3大宗教騎士団。
ローマ教皇の管轄だったけど、1522年ローマ教皇ハドリアヌス6世はスペイン王に譲渡。

スペインの3大宗教騎士団 ローマ教皇
の認可
創設
カラトラバ騎士団
(カスティーリャ王国)
1164年 シトー会の修道士 Raimundo de Fitero
アルカンタラ騎士団
(レオン王国)
1177年 隠者 St. Julian de Pereiro
サンティアゴ騎士団
(レオン王国
カスティーリャ王国)
1175年 2国が発祥地を主張したままウヤムヤ
おまけ
モンテサ騎士団
(アラゴン王国)
1317年 アラゴン王ハイメ2世
国内にあるテンプル騎士団の領地を集めて新設


スペインのサンティアゴ騎士団


12世紀サンティアゴ騎士団は レオン王国 カスティーリャ王国 に領地があって、両方の王様から仕事を請け負ってました。
そんなわけでお互いが発祥地を主張。
カスティーリャ王 フェルナンド3世 が1230年両方の王様になって「本部は ウクレス (カスティーリャ王国)にしましょ♥」で一件落着。

サンティアゴ騎士団の本部 ウクレス修道院 (1931年スペイン文化遺産に登録)

シンボルは剣とホタテ貝の 聖ヤコブの十字架 。ホタテ貝は 聖ヤコブ (スペイン語:サンティアゴ)のシンボル。
お仕事はレコンキスタと聖ヤコブの聖地 サンティアゴ・デ・コンポステーラ に行く巡礼者の保護。
他に病院、修道院、大学も運営。
管轄区域は2都市、178村、200教区、海外(ポルトガル、フランス、イタリア、パレスチナ)…天下に名を轟かしてました。

中世から食べてるガリシア州名産 聖ヤコブのケーキ

グランドマスター (騎士団のトップ)は、サンティアゴ騎士団の管轄がスペイン王に譲渡されてからは王様が担当。
王フェリペ2世はスペイン3大宗教騎士団のグランドマスターです。
サンティアゴ騎士団の受章者は、陸軍指揮官 フリアン・ロメロ (1518-1577)、海軍提督 ペドロ・メネンデス・デ・アビレス (1519– 1574)、海軍提督サンタ・クルズ侯爵 アルバロ・デ・バサン (1526–1588)など。

エル・グレコ 画『フリアン・ロメロと守護聖人』(1612年頃)

+ サンティアゴ騎士団は血統も重要

+ 宗教騎士団の戦闘服


世俗騎士団


14世紀すっかり影の薄くなった騎士団。
ところがどっこい、今度は各地で騎士道精神への名誉的な憧れが強まって 世俗騎士団 が誕生します。
宗教騎士団との違いは、ローマ教皇の認可を受けないで王様や貴族が勝手に作った騎士団。名誉勲章って感じっぽい。
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リンリスゴー宮のガーター騎士団シッスル勲章金羊毛騎士団聖ミカエル騎士団

スコットランド女王メアリー の生家 リンリスゴー宮殿 の門には、王ジェームズ5世(父親)が受章した勲章が彫刻されてます。


イングランドのガーター勲章


ガーター勲章はイングランド最高峰の名誉。セシル家は親子で受賞してます。
羽織ってるのは受章者のマント。紫色のベルベット製(16世紀まで)に 聖ゲオルギウス十字 の刺繍。右手に持ってる棒はなに?
アホアホっぽい設立動機にはちゃんとご事情があるみたい。んが、萌えが足りなくて調べてません。

ウィリアム・セシル(1572年) ロバート・セシル(1606年)

世俗騎士団 設立 受章者
設立
1348年/王エドワード3世
動機
アーサー王伝説「円卓の騎士」に憧れて。
モットー
思い邪なる者に災いあれ。
1554:スペイン王フェリペ2世
1559:第4代ノーフォーク公トマス・ハワード(剥奪:1572)
1559:初代レスター伯ロバート・ダドリー
1575:フランス王アンリ3世
1588:クリストファー・ハットン
1588:第2代エセックス伯ロバート・デヴァルー(剥奪:1601)
1929:昭和天皇(剥奪:1941、復活:1971)
1998:平成天皇
ガーター騎士団
(イギリス)
設立
1430年/ブルゴーニュ公フィリップ3世
動機
ガーター騎士団をまねして。
モットー
我らの働きに報償に値しないものはない。
1505:イングランド王ヘンリー8世(まだ皇太子)
1531:スペイン王フェリペ2世(まだ皇太子)
1581:第7代メディナ=シドニア公アロンソ・ペレス・デ・グスマン
1585:第3代パルマ公アレサンドロ・デ・ファルネーゼ
1589:第5代インファンタド公Iñigo Lopez de Mendoza
1599:第5代アルバ公Antonio Alvarez de Toledo
1928:昭和天皇
1985:平成天皇
金羊毛騎士団
(スペイン)
設立
1469年/フランス王ルイ11世
動機
金羊毛騎士団に対抗して。
モットー
大海への畏れ。
1532:第3代ノーフォーク公トマス・ハワード
1534:スコットランド王ジェームズ5世
1551:イングランド王エドワード6世(女王エリザベス1世の異母弟)
1566:初代レスター伯ロバート・ダドリー
1566:第4代ノーフォーク公トマス・ハワード

※その後、1578年王アンリ3世設立の 聖霊騎士団 がフランス最高峰。
聖ミカエル騎士団
(フランス)