女王エリザベス1世の系図




王様と国教


王ヘンリー8世が決めた王位継承順は①息子エドワード6世→②娘メアリー1世→③娘エリザベス1世です(1543年: 第三王位継承法 )。
スコットランド女王 メアリー は除外。
クーデタを起こしてあっという間に失脚した女王ジェーン・グレイはたぶん英国国教会だと思います。
wikipedia

#ref error : ファイルが見つかりません (【共通の画】王様と国教.png)C:カトリック教会(旧教)、P:英国国教会(新教、プロテスタント)

紋章 在位 王様
1509-1547年
(38年)
父親 王ヘンリー8世
(1491-1547年)
●カトリック教会を捨てて英国国教会を新設(1534年: 国王至上法
●取り急ぎ英国国教会初の公式英訳聖書 大聖書 を出版(1539年)
1547-1553年
(6年)
異母弟 王エドワード6世
(1537-病死:1553年)
●9歳で即位
護国卿 の伯父サマセット公 エドワード・シーモア が実権を握る
●ノーサンバランド公 ジョン・ダドリー がサマセット公を反逆で処刑
●まだテキトーな英国国教会をアレコレ統一(1549年: 礼拝統一法
1553年
(9日)
親戚 女王ジェーン・グレイ
(1537–斬首刑:1554年)
●ノーサンバランド公の画策で王位継承順を無視して即位
●失敗してみんな処刑
1553-1558年
(5年)
異母姉 女王メアリー1世
(1516-卵巣腫瘍:1558年)
●カトリック教会を復活(1553年: 第一次宗教法の廃止
●熱烈なカトリック教徒のスペイン王フェリペ2世と結婚(1554年)
●英国国教会の聖職者達を処刑しまくり(1554年: 異端排斥法
1558-1603年
(45年)
女王エリザベス1世
(1533-1603年)
1603-1625年
(22年)
親戚 王ジェームズ1世
(1566-1625年)
●スコットランド女王 メアリー の息子
●イングランドに住みながらイングランド王とスコットランド王を兼任
●正式な英国国教会初の公式英訳聖書 欽定訳聖書 を出版(1611年)


女王エリザベス1世をとりまく状況



王ヘンリー8世(女王エリザベス1世の父親)


後半はたただのエロオヤジっぽいけど…王ヘンリー8世は跡継ぎの男児を求めて身勝手に6回も結婚します。
①妻キャサリン・オブ・アラゴンと離婚のために英国国教会も新設。
数年かけてジワジワと英国国教会へ移行していきます。ジワジワの詳細はこちら【キリスト教】16世紀のキリスト教をどうぞ。
wikipedia

#ref error : ファイルが見つかりません (【共通の画】ヘンリー8世と妻.jpg)王ヘンリー8世と6人の妻(○:離婚、×:処刑、△:病死)

結婚期間 王妃
1509-1533年 スペイン王フェリペ2世の大叔母
キャサリン・オブ・アラゴン
(1487-1536年)
●王ヘンリー8世がスペインとの同盟を目論んで結婚
●①愛人アン・ブーリンに心移りされて離婚
子供
女児(1510年)、男児(1511年)(1513年)(1515年)
イングランド女王メアリー1世 (1516年2月18日-1558年11月17日)
女児(1518年)
1533-1536年 ①キャサリンの侍女
アン・ブーリン
(1507-刑死:1536年)
●③愛人ジェーン・シーモアに心移りされて処刑
子供(流産は諸説あります)
イングランド女王エリザベス1世 (1533年9月7日-1603年3月24日)
流産(1534年)、男児を流産(1536年1月)
1536-1537年 ①キャサリンと②アン・ブーリンの侍女
ジェーン・シーモア
(1509-産褥死:1537年)
●出産12日後に死亡
子供
イングランド王エドワード6世 (1537年10月12日-1553年7月6日)
1540-1540年 ベルク公ヨハン3世の娘
アン・オブ・クレーヴズ
(1515-1557年)
●王ヘンリー8世がプロテスタント ベルク公国 との同盟を目論んで結婚
●肖像画(ハンス・ホルバイン画)ほど美人じゃなくて半年で離婚
●離婚後の扱いは「国王最愛の姉妹」。王室行事にも参加
1540-1542年 ②アン・ブーリンの従妹で侍女
キャサリン・ハワード
(1521?-刑死:1542年)
●元・恋人 トマス・カルペパー との不義密通をタレ込まれて処刑
1543-1547年 トーマス・シーモアの恋人
キャサリン・パー
(1512-1548年)
●王ヘンリー8世が恋人 トーマス・シーモア を強制海外赴任して結婚
●王ヘンリー8世が死亡した6ヶ月後に恋人トーマス・シーモアと再婚

+ ①妻キャサリン・オブ・アラゴンと離婚して②愛人アン・ブーリンと結婚するために英国国教会を新設するぞよ(子供のお話なのでご注意ください)

+ ②妻アン・ブーリンと離婚して③愛人ジェーン・シーモアと結婚するぞよ(子供のお話なのでご注意ください)

+ ⑥キャサリン・パーと結婚して娘メアリー1世と娘エリザベス1世の王位継承権を復活したぞよ


王エドワード6世(女王エリザベス1世の異母弟)


王ヘンリー8世は「幼い息子を 16人の顧問団 で補佐してくれぞよ」と遺言して死亡。王エドワード6世が9歳で即位します。
でもサマセット公 エドワード・シーモア (王エドワード6世の伯父)は遺言スルー。
王エドワード6世の 護国卿(後見人) になって実権を握っちゃいます。顧問団のノーサンバランド公 ジョン・ダドリー がこれを阻止。
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作者不明「Edward VI and the Pope」(1547年頃)

+ サマセット公エドワード・シーモア「子供の王様は俺が操るぜ!」

+ スードリー男爵トーマス・シーモア「兄ちゃんばっかズルイ!ダメ男も権力が欲しい!」(トマス・シーモア事件)

+ ノーサンバランド公ジョン・ダドリー「サマセット公をぶっ潰す!」


女王メアリー1世(女王エリザベス1世の異母姉)


女王メアリー1世は①母キャサリン・オブ・アラゴンを不幸にした②義母アン・ブーリンとその娘エリザベス1世が大嫌いです。
妹エリザベス1世に王位継承させるものか!
ってことで、スペイン王フェリペ2世と結婚と結婚して子供を産もうと決意。でも跡継ぎの子供は授かりませんでした。
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Lucas de Heere 画「The Family of Henry VIII:An Allegory of the Tudor Succession」(1572年頃)

ちなみにこちらの画は女王エリザベス1世から秘書官長 フランシス・ウォルシンガム へのプレゼントです。
  • 女王メアリー1世と王フェリペ2世が従えてるのは戦の神 マールス
  • 王エドワード6世は王ヘンリー8世から剣を授受。
  • 女王エリザベス1世は平和の女神(剣と盾を踏んでる)と手を繋ぎ、豊穣の象徴 コルヌー・コピアイ を従えてます。

+ カトリック教会に戻してスペイン皇太子フェリペ2世と結婚しちゃいました

+ 英国国教会を迫害しちゃいました

+ カレー(フランス)を失っちゃいました


女王エリザベス1世


+ 大蔵卿バーリー男爵や秘書官長フランシス・ウォルシンガムと一緒にイングランドを統治するぢゃ(政府)


王ジェームズ1世(女王エリザベス1世の遠縁)


女王エリザベス1世は即位してる間ずーっと王位継承「次のイングランド王」の指名を嫌がります。でも王位継承する子供も兄弟もナシ。
1603年女王エリザベス1世が死亡。
ロバート・セシル (女王エリザベス1世の重臣)の働きで円滑にスコットランド王 ジェームズ6世 が王ジェームズ1世に即位します。
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同君連合の国旗

ってことで、イングランドとスコットランドは 同君連合 (1人の王様が複数の国を統治)になります。
王ジェームズ1世の 花紋 も合体。
1606年 セント・ジョージ・クロス セント・アンドリュー・クロス も合体しての国旗 ユニオン・フラグ になります。
wikipedia

+ 「次のイングランド王」の候補者

+ ロバート・セシルと王ジェームズ6世の「円滑な王位継承の準備」

+ ロバート・セシルと王ジェームズ6世の「王ジェームズ6世がイングランド王ジェームズ1世に即位」

+ 女王エリザベス1世と元・女王メアリー(王ジェームズ1世の母親)のお墓の引っ越し